「ヤング率が高い材料は硬い」。そう思われがちですが、実はそうとは限りません。研削・研磨の現場では、ヤング率を知っておくと「なぜ設定どおりに削れないことがあるのか」を考える手がかりにもなります。
先に結論
ヤング率とは、材料を引っ張ったり押したりしたときに、元に戻れる範囲(弾性変形の範囲)で、どれだけ伸び縮みしにくいかを表す数値です。
材料内部の応力(単位面積あたりの力)とひずみ(伸び縮みの割合)がほぼ比例する範囲(フックの法則が成り立つ範囲)で、応力をひずみで割った値(E=σ/ε)がヤング率です。「縦弾性係数」とも呼ばれ、単位はGPa(ギガパスカル)がよく使われます。温度などの条件によっても値は変わります。
あくまで力を取り除けば元に戻る範囲の話であり、材料が壊れる・削れる・変形したまま戻らないといった話には、別の性質が関わります。
同じ形・同じ寸法の板を同じように支え、同じ力をかけたとき、変形が小さい範囲では、ヤング率が高い材料ほど、たわみや伸び縮みは小さくなります。
ただし、実際の部品や工具がどれだけ変形しにくいか(剛性)は、材料のヤング率だけでは決まりません。厚さ・長さ・断面の形といった形状や、支え方によって大きく変わります。同じ材料でも、薄い板は曲がりやすく、厚い板は曲がりにくい。ヤング率は材料の性質、剛性は部品としての性質です。
日本語の「硬い」には、「押してもたわみにくい」と「傷やへこみがつきにくい」の両方の意味が混ざっています。材料の性質としては、次のように別物です。
| 性質 | 何を表すか | 身近なイメージ |
|---|---|---|
| ヤング率 | 弾性変形のしにくさ(材料の性質) | 押したり曲げたりしたときの「たわみにくさ」 |
| 剛性 | 部品・工具としての変形しにくさ(材料×形×支え方) | 同じ材料でも、厚い定規は薄い定規より曲がりにくい |
| 硬さ | 押し込みに対する表面の局所的な変形のしにくさ | 爪や工具で押したとき、跡がつきにくいか |
| 強度 | 破壊や、元に戻らない変形の開始に耐える応力の目安 | どこまで力をかけたら折れる・曲がったままになるか |
| 靭性(表では破壊靭性) | 割れが進みにくいか、粘り強さ | 小さな傷やひびがあっても、割れが一気に広がらないか |
1つの材料メーカーのカタログから、同じ材質のヤング率、ビッカース硬さ、破壊靭性を並べました。ビッカース硬さは、ダイヤモンドの圧子を押し込んだときの抵抗を表す数値です。
| 材料(京セラの材質コード) | ヤング率(GPa) | ビッカース硬さ(GPa) | 破壊靭性(MPa・m1/2) |
|---|---|---|---|
| サファイア(SA100) | 470 | 22.5(a面) | 2.1 |
| 炭化ケイ素 SiC(SC1000) | 440 | 23.0 | 2〜3 |
| サーメット(TC030O) | 430 | 15.7 | 7.6 |
| アルミナ 99%(AO479O) | 360 | 15.2 | 3〜4 |
| 窒化アルミ AlN(AN216A) | 320 | 10.4 | 3.2 |
| 窒化ケイ素(SN240O) | 300 | 14.0 | 7 |
| ジルコニア(ZO201N) | 200 | 12.3 | 6 |
※京セラのカタログ「材料特性表」に掲載された、特定材質のテストピースによる参考値です(ヤング率はJIS R1602、ビッカース硬さHV9.807NはJIS R1610、破壊靭性SEPB法はJIS R1607)。同じ名前の材料でも、グレード、製法、測定条件、製品の形状によって値は変わるため、代表値として絶対視しないでください。
ヤング率・硬さ・靭性の順番は一致しないことがあり、「硬いからヤング率も高い」「ヤング率が高いから割れにくい」とは単純に言えません。
研削や研磨の最中は、工作物だけでなく、砥石や工具、それを支える軸や加工機も、力を受けてわずかに弾性変形しています。
砥石を決まった量だけ送り込む研削(平面研削や円筒研削など)では、この変形で砥石や工作物が「逃げる」ため、設定した切込み量だけ削れず、切り残しが生じることがあります。切込みを止めたあとも研削を続ける「スパークアウト」は、この切り残しを削り取って精度を整える工程として知られています。
この差は工作物のヤング率だけで決まるものではなく、砥石・軸・加工機・支え方を含めた、加工系全体の剛性が関わります。
ラッピングやポリッシングのように一定の圧力をかけて加工する方法では、「設定した切込み」とは考え方が異なり、加工物にかかる圧力の分布が仕上がりに関わります。研磨パッドの中には変形しやすいものがあり、その変形が圧力のかかり方に影響することがあります。一方で、変形しにくい研磨パッドも使われており、どちらが適しているかは加工の目的によって変わります。
YMIの現場では、薄いキャリア(加工物を保持する板)がたわむことを意識する場面があります。工具や加工物だけでなく、それを保持する部品の変形も、加工のしかたに関わるということです。
アルミナや炭化ケイ素などのファインセラミックスは、ヤング率が高く変形しにくいため、高い精度が求められる精密部品に利用されています。資料では材料の変形しにくさを「剛性(ヤング率)」と表す場合もありますが、本記事では材料のヤング率と部品全体の剛性を区別しています。
ただし、加工のしやすさ・難しさは、ヤング率だけでは決まりません。硬さ、靭性、砥粒、荷重、加工方式など複数の要因が関わります。上の表のとおり、SiCやサファイアはヤング率も硬さも高い一方で破壊靭性は低めであり、加工の難しさを「ヤング率が高いから」とひとことで説明することはできません。