鏡のようにきれいに磨けたはずなのに、エッチングや洗浄のあとでキズが浮かび上がってくる。強度試験で思ったより早く割れてしまう。研削研磨の現場で、こんな経験はないでしょうか。
こうしたトラブルの原因の一つとして疑われるのが「加工変質層」です。以前の記事「クラック(ダメージ)」では、表面の下に残るキズの呼び名として少しだけ触れました。今回はその続きとして、加工変質層とは何か、なぜ問題になるのか、どう調べてどう取り除くのかを整理します。
加工変質層とは、研削・ラッピング・ポリッシングなどの機械的な加工によって、加工面のすぐ下に生じた「加工前とは状態が変わってしまった層」のことです。
一口に「変わってしまった」と言っても、その中身は材料や加工方法によってさまざまです。たとえば次のようなものが含まれ得ます。
ガラスやセラミックス、SiCのような硬くて脆い材料では、表面の下に入るクラックが大きな問題として扱われることが多く、金属では塑性変形や残留応力が中心になる、というように、材料によって「何が問題になるか」の重心も変わります。
加工変質層を調べていると、似た言葉がいくつも出てきます。
これらの言葉は重なり合う部分が大きく、同じ意味で使われる場面もあれば、少しずつ違う範囲を指して使われる場面もあります。どれが広くてどれが狭い、と一律に決められるものではありません。
そのため、取引先や社内で話すときは、まず「どの範囲のことを言っているか」をすり合わせておくのが安全です。
加工変質層は表面から見えないぶん、気づかないまま次の工程に進んでしまいやすいのが厄介なところです。主に次のような形で問題になります。
後から出てくるキズの原因になる
磨いた直後はきれいに見えても、エッチングや洗浄によって表面下のクラックが開き、キズとして見えてくることがあります。
後工程の負担が増える
前の工程で入った加工変質層は、次の工程で取り除く必要があります。深い層が残っていれば、それだけ取り代も加工時間も増えます。
強度が下がる
表面下のクラックは、部品が割れるときの起点になり得ます。
反りの原因になることがある
薄い板やウエハーでは、表と裏で加工変質層の状態が違うと、両面の応力の差によって板が反ることがあります。これは「トワイマン効果」として知られる現象で、両面の加工状態の差が反りとして現れる代表的な例です。ただし、加工変質層があれば必ず反るわけではありません。反りが問題になるかどうかは、板の厚さ、材料、表裏の加工状態の差などの条件によって変わります。詳しくは「トワイマン効果」の記事もあわせてご覧ください。
研削や研磨では、砥粒が材料に押し付けられながら動き、表面を削り取っていきます。このとき、力は表面だけでなく材料の内側にも伝わります。硬脆材料では、砥粒が押し込まれた部分の下に割れが入ることがあり、これが表面下のクラックになります。
加工変質層の深さや中身は、次のような多くの条件によって変わります。
硬脆材料を、割れを伴いながら削る加工(脆性モードの加工)では、一般に、砥粒が大きく、強い力で深く切り込むほど、表面下のクラックは深くなりやすいと言われています。ただし、条件はお互いに影響し合うため、「この方式なら必ず浅い」と一つの要素だけで決めることはできません。
固定砥粒と遊離砥粒の違いについては、以前の記事「クラック(ダメージ)」で、同じ仕上がり粗さの加工面を電子顕微鏡で比較しています。その記事では、砥粒が固定されて力が伝わりやすい固定砥粒のほうが、深いクラックがつきやすい傾向があることを紹介しました。この傾向も砥粒の突出量などによって変わるため、具体的な比較は実際の加工条件とセットで確認するのが確実です。
一方、現場では、固定砥粒で加工するときに「無理やり切らない」ことを大切にしています。砥粒が自然に切れている状態を保つことを重視しています。
加工変質層の調べ方は、「何を見たいか」によって変わります。材料によって向き不向きもあるため、目的に合わせて選びます。
| 見たいもの | 主な調べ方 |
|---|---|
| 表面下のクラックの深さ | 断面を電子顕微鏡などで観察する/斜めに研磨して断面を広げて観察する(斜め研磨)/エッチングでクラックを見やすくする、または少しずつ除去しながら観察する |
| 残留応力 | X線回折法などで応力を測定する |
| 結晶構造の乱れ・微細構造 | 透過電子顕微鏡や、各種の回折・分光分析で調べる |
断面観察や斜め研磨のように、試料を切ったり削ったりする破壊的・準破壊的な方法がよく使われる一方、目的や材料によっては、X線や光の散乱などを利用した非破壊・低侵襲の評価方法も使われています。破壊的な方法を使う場合は、製品そのものではなく、同じ条件で加工したテスト片で調べるのが一般的です。
研削研磨.comでは、加工面の評価に電子顕微鏡と面粗度計を使っています。
砥粒で材料を削り取る研削やラッピングでは、加工による影響を完全にゼロにすることは難しいため、加工条件で加工変質層を抑えながら、後の工程で必要な品質まで取り除く・減らしていく、という考え方が重要になります。
段階的に細かくしていく
粗い番手で形を作り、だんだん細かい番手へ進んでいく多段加工が基本です。このとき大切なのは、各工程で「前の工程で入った加工変質層を取り除けるだけの量」を削ることです。前工程の層が残ったまま次へ進むと、最終的な面の下にダメージが残ります。
仕上げで化学的な作用も使う
最終の仕上げでは、ポリッシングやCMPのように、機械的な力に加えて化学的な作用も利用し、機械的な損傷を抑えた仕上げを狙います。
取り代は自社の条件で決める
加工変質層の深さは、加工物や加工方法によって変わります。そのため、一般的な目安の数値をそのまま当てはめるのではなく、自社の加工条件で実際に深さを確かめたうえで、前工程のダメージを次工程で確実に除去できる取り代を設計することが重要です。
SiCのように硬く脆い材料では、加工に時間がかかるうえ、残ったダメージが後工程や製品の品質に影響しやすいため、加工変質層の管理が特に重要になります。SiC基板の大口径化の動きについては、こちらの記事でも紹介しています(関連記事:「300mm SiC単結晶基板の開発に成功。大口径化で研削・研磨はどう変わる?」)。
私は、サファイア加工の時に加工変質層(潜傷)が問題になった経験があります…。